、そっと戸を開いてみた。薄曇りのぼーっとした月明りで、露地の中の電灯線を中途で支えた小さな柱に、人影がしがみついてふらりふらり揺れていた。
「誰です、誰ですか。酔っ払って、こんなに遅く……。」
それでも返事はなく、柱にしがみついた人影は、やはりふらりふらり揺れていた。
「酔っ払った人は、一時すぎには家へ入れませんよ。一時までは許してあげます。一時すぎたら、自働電話でことわって、酔いがさめてから、翌朝帰っていらっしゃい。何度も云っておいたでしょう。その通りになさい。酔っ払いは、こんなに遅くは家へ入れませんよ。」
云うだけ云っておいて、正枝は戸を閉めてしまった。がそこに佇んで、外の気配に耳を澄した。
「おばさん、おばさん」と低い声がした。それから急に、わーっと泣きだした。子供が泣くような大声で喚きたてて、それが冗談なのか、本気なのか分らなかった。正枝はじっと耳を傾けていた。やがて、泣き声がぴたりと止んだ。しいんとなった。正枝は腹を立て、そのまま奥の居室に戻った。
そういう場合、もし女中が眼をさましたら、後で戸を開けてやることになっていた。女中のキヨもタカも、その夜眼をさました。正枝が
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