と、隣室に喧嘩ばかりする夫婦者がいること、独り者の若い女が多くて洗面所が穢いこと、女中たちが彼のことを李さんと云わずに李永さんと半端な云い方をすること、などであった。
 彼は自ら云った通り、或は自炊したり或は外で食事をしたりした。交友は僅からしく、起居は静かで、始終読書に耽っていた。時々ひどく酩酊して帰ることがあった。人前をはにかむことなく、正枝や女中たちともすぐに馴れ親しんだ。厚顔と無邪気とを一緒にした率直さというものがあるとすれば、そういう率直の感銘を人に与えた。正枝を「おばさん」と呼んで何でも相談するし、正枝もいろいろ面倒をみてやった。
 余寒のきびしい初春の頃、淡く雪がきた日の夜遅く、二時頃、李はひどく酔っ払って帰ってきた。正枝も女中たちも寝ていた。けたたましく鳴り渡る呼鈴に、うとうとしていた正枝はすぐに起き上り、玄関の方へやってゆくうちに、外の者が李であることを感ずいた。
 呼鈴のあとで暫くひっそりとなって、今度は戸が激しく叩かれ「おばさん、おばさん」という声まで聞えた。それからまた静まり返った。
 正枝は玄関にじっと立っていたが、外の静けさがあまり続き、急に寒気に身震いして
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