した。そして二人は旧知のように話しあったが、ふと、言葉が途切れると、李の映像が大きく浮んでき、三日も四日も何処で何をしてるかと再び心配になった。
「普通のアパートでしたら、止宿人は全く自由でしょうけれど、私共では、よその大事な息子さん達をお預りしてるという気持から、殊に厳重にしておりますし、李さんもそれはよく知っておる筈ですが……。」
「それに、先程申したように、別所君と一緒に、或は別々かも知れませんが、同時に居なくなったということがなんだか、気懸りです。」
別所の神経質な弱々しい人柄と並べると、李の秀才型ではあるが一風変った性格が、いつしか兇悪な影をも帯びてくるようだった。それかといって、警察の力をかりるには、李に思想上の悪傾向にないとしても、特高係のたまの来訪や半島出身者という点からして、憚られるものがあった。
「とにかく、もう少し様子を探ってみましょう。」と江原は結論した。
江原が帰ってから、正枝は暫く思案した後、此度は一人で再び李の室に行ってみた。そして机の抽出をあけてみたり押入の中を覗いてみたりしたが、どこもきちんと片付いていて、何かの手掛りになるような書き物の断片さえも
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