った。二人は議論を外にまで持って出た。
 その二日のことが江原には腑に落ちなかったのである。殊に別所についてそうだった。別所は近頃、神経衰弱の気味だといって仕事も粗漏だったし、元気がなく蒼ざめ、眼に輝きがなく、へんに陰鬱に沈みこんでいた。その上あの「パルプ」同人の断髪の女は、どうも別所と恋愛関係があったらしく、それを李が揶揄するようなこともあったらしい。ところがあの二日とも、別所は妙に苛立ち、李はそれを酷しくやっつけてるのだった。
「李君も少し変ってますからね。」と江原は云った。
 江原の家に、田舎の親戚から預ってる女学生がいた。李が英語がよく出来るので、時々、学校の英語の宿題など教わることがあった。李はいつも親切に面倒を見てやった。ところが或る時、江原がそこに出て行くと、李は椅子に跨って、嬉しげに物語を聞かしてやっていた。若い舞妓と高官の青年との恋愛物語で、その舞妓が一途な愛のために、あらゆる男の誘惑を却けるというような筋だった。江原が側に来ても、李は平気で物語を続けた。
 後で、江原は李に注意して、女学生なんかに恋愛物語は控えた方がよかろうと云った。李は承服しなかった。
「あの話は
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