いかけたが、いきなり卓子の上の灰皿を掴んで地面に叩きつけた。李が横合からその腕を捉えた。
「見ぐるしいことをするな。」
別所は敵意ある眼を李に向けた。
「何が見ぐるしいんだ。」
「みな、凡て、見ぐるしい。」
別所は口をひきつらしたが、突然気が挫けたように、下を向いて、灰皿の陶器の破片を蹴散らした。
それきり二人とも口を利かなかった。
ただそれだけのことだったが、それが変に不安な印象を人々に与えた。江原と他の職工達が彼方で働いていたが、事の次第は咄嗟のこととてよく分らず、そのため一層不安な印象が深かった。それから二時間ばかりしてから、李と別所とは連れだって帰っていった。
その晩から、二人とも姿を見せなくなったのである。印刷の仕事がこんでいたので、江原が小僧を別所の下宿に走らせると、別所が帰宅してないことが分った。時間をはかってみると、李は一度春日荘に戻って、またすぐ出て行ったものらしい。なお、その前日、李と別所とは長々と議論を闘わしたのだった。別所が書きかけてる小説を百枚ばかり、李に見せたものらしく、それについての議論らしかった。李が手酷しくやっつけているのが、他の者にも大体分
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