んです。」
「だから、これ、軽井沢からのお土産です。」
「軽井沢ですって。」
「ちょっと寄りました。浅間山に登ってきました。」
「そして、別所さんは……。」
「一緒です。」
 別所のことを云い出されても、李は訝る気色もなく、初めから分ってたもののような応対だった。
「浅間の噴火口はみごとです。ほんとによいことをしました。別所君をあの中に叩きこんでやりました。」
「え、噴火口に……。」
「それがよかったんです。元気になって一緒に帰ってきました。」
 正枝は暫く黙っていた。そして案外低い声で云った。
「なぜ断って行かなかったんですか。どんなに気を揉んだか知れませんよ。」
「ひどく急でした。別所君がふいに、行こうと云いました。噴火口にとびこむか、断然あれを思いきるか、どっちかにすると云うんです。だから、見届けについて行きました。」
 正枝はその話についてゆけなくて、ぼんやり李の顔を見戍った。
「御飯をたべさして下さいよ。おなかがすいています。昨夜《ゆうべ》から汽車の中でなんにも食べていません。」
「今あげますよ。それよりか、はっきり話してごらんなさい。あなたの話はちっとも分らない。」
「だって、おばさんに分ってるんでしょう。」
 分ってる筈だというように、明らさまな眼で正枝を見あげた。
「分っているけれど、もっとはっきり話してごらんなさい。」
 そこで、李が前後めちゃくちゃに話したところに依れば――
 別所は野田沢子――「パルプ」の断髪の女――に失恋し、その上、沢子と他の男とのひどく親しい様子を見せつけられ、二人が自分を嘲笑してるのだとひがんで、自暴自棄な気持に陥っていった。沢子を「パルプ」に紹介したのは別所であり、随って此度は、「パルプ」から脱退したらよかろうとあてつけてやった。それが却って彼の敗亡者たる立場を浮出さした。そういうところへ、彼が心血をそそいで書いていた小説は、李から見ると全く寝言みたいな他愛ないものだった。何等の真実性もない文字の羅列にすぎなかった。彼は苦悩の余り血を吐いた。失恋と病弱と自信喪失と、これは自殺に誂え向きの定型である。泣いたり怒鳴ったりした後で、死んでみせると別所は云った。死ねなかったら生き返るとも云った。そこで、李が立会人となって、突然浅間行きを決行した。別所が自殺するか生き返るかを、李は「絶大な興味で観察する」役目を自ら荷った。二人は沓
前へ 次へ
全13ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング