の原料だという意味らしかった。だが真意は、それ故一層多くの若さと力と真実とが籠ってるものということになるらしかった。同人達は自ら進んで活字拾いにまでやって来た。印刷所は彼等にとってはまた仕事場でもあった。李永泰もその中の一人で、たゞ同人でないのだけが違っており、そして無償で他の端物の仕事もさせて貰える謂わば一種の徒弟だった。李と同様の地位にあって、仕事のこんだ時にはいつでも動員に応ずる代り、日給を貰うことになってる者に、別所次生という青年がいた。李は別所からいろいろの仕事を教わり、別所は李からいろいろの知識を吸収していた。
 別所は春日荘に李の室を訪れることもあったし、正枝もその顔を見識っていた。蒼白い痩せた神経質らしい男だった。
 丁度四日前、別所と李とは印刷所で一緒に仕事をしていた。そこへ「パルプ」の同人が二人はいって来た。一人は学校を出て就職もせずに遊んでる男で、一人は或る短歌雑誌の編輯を手伝ってる断髪洋装の女だった。二人は別所と暫く話をしていたが、急に別所の顔色が変った。沈黙がきた。男は煙草を吹かし、女はそっぽを向き、それから二人は黙って出て行った。その直後、別所は二三歩後を追いかけたが、いきなり卓子の上の灰皿を掴んで地面に叩きつけた。李が横合からその腕を捉えた。
「見ぐるしいことをするな。」
 別所は敵意ある眼を李に向けた。
「何が見ぐるしいんだ。」
「みな、凡て、見ぐるしい。」
 別所は口をひきつらしたが、突然気が挫けたように、下を向いて、灰皿の陶器の破片を蹴散らした。
 それきり二人とも口を利かなかった。
 ただそれだけのことだったが、それが変に不安な印象を人々に与えた。江原と他の職工達が彼方で働いていたが、事の次第は咄嗟のこととてよく分らず、そのため一層不安な印象が深かった。それから二時間ばかりしてから、李と別所とは連れだって帰っていった。
 その晩から、二人とも姿を見せなくなったのである。印刷の仕事がこんでいたので、江原が小僧を別所の下宿に走らせると、別所が帰宅してないことが分った。時間をはかってみると、李は一度春日荘に戻って、またすぐ出て行ったものらしい。なお、その前日、李と別所とは長々と議論を闘わしたのだった。別所が書きかけてる小説を百枚ばかり、李に見せたものらしく、それについての議論らしかった。李が手酷しくやっつけているのが、他の者にも大体分
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