逢った時、彼と一緒に万引して歩いた夢の話をした。
 その時、A老人は微醺を帯びていた。※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]の粗髯をしごきながら、黙って私の話をきいていたが、しまいにこう云った。
「物欲に囚われすぎた話だな。」
「だって、あなたと一緒だから面白いじゃありませんか。而も、あなたが私を万引に誘いにいらしたんだから……。」
「ははは、それは皮肉でいい……。」
 そして彼は何と思ってか、硯箱を引寄せて、一篇の漢詩を白紙に書いて示した。私はあまりそれを面白い詩でもないと思った。すると彼は、詩の横に歌を一つさらさらと書き流して、どうだい、というような顔をした。

[#ここから2字下げ]
何をくよくよ川端柳
水の流れをみてくらす

何為懊悩河上柳
空臨流水送光陰
[#ここで字下げ終わり]

 ははあ、と私は思った。
「訳詩ですか。」
「それがね。一寸面白い話があるんだ。私には君のその夢の話よりも、この方が面白いよ。」
 それはもうだいぶ昔の話らしい。A老人の懇意な人で、さる料亭のお上さんがあって、「何をくよくよ」の歌が大好きだった。気に食わぬことがあって頭痛がする時でも、その歌を
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