いまいが、そんなことはどうでもよかった。自由に勝手に盗み取るのが、震え上るほどの嬉しさだった。
やがて私達は、万引した品物を風呂敷に包んで、その建物から出た。広い街路はやはりひっそりとしていたが、先刻より灯火の数が少くて、ずっと薄暗くなっていた。それが暫く行くうちに、益々薄暗くなってきて、真暗な橋のところに出た。
「捨てていこう。」と老人がふいに云った。
「ここにですか。」
「ああ。」
で私は、風呂敷包みをそこに捨てようとした。とたんに、惜しいな、と思った。
そこで夢が覚めた。
薄暗い電灯の光で、室の中がぼんやり意識された。耳を澄すと、夜明近くらしい外の気配だった。
おかしな気持だった。万引をしている時の素晴らしい感覚が、変に胸の中にこびりついていた。
そして私は、刑務所長から聞いた竊盗囚の話をはっきりと思い出した。彼は惜しいなと思って再び罪を犯すそうである。私は惜しいなと思って素晴らしい感覚の夢から覚めたが、それが実際惜しかった。
万引をするような人は、また、再三竊盗の罪を犯すような人は、吾々の知らない素敵な感覚を経験するに違いない。
そんなことを考えて私は、A老人に
前へ
次へ
全7ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング