ゃ一緒に行きましょうか。」
 そして私達はこっそり家を出た。
 何処へ行くつもりか、それは分らなかったが、老人は鳩の柄の杖をついて、ことりことりと飄逸な足取りで歩いてゆく。私もそれに歩調を合して、軽快に足を運んだ。
 長い間、薄暗い裏町を通った。一人の人にも出逢わなかった。それからやがて、賑やかな大通りに出た。大商店の飾窓がずらりと並んで、明るい灯火が連って、街路は掃き清められていた。ただ、馬車も電車も自動車も通らず、人影一つなく、美しく光り輝いているきりだった。
「そろそろ、初めましょうか。」
「ああ、よかろう。」
 そこで私達は、或る大きな呉服屋にはいっていった。やはり誰もいなかった。がらんとした明るい広間に、陳列棚が縦横に並んでいた。その棚に堆高く積んである布の中から、よさそうなのを選んで、私達は万引を初めた。
 愉快だとも爽快だとも云いようのない、素晴らしい気持だった。自分の気に入ったものをちょいちょいとかっさらう。そのことが面白かったのか、または、そういうことの出来る自由さが面白かったのか、兎に角、ぞっとするような気持だった。勿論、見ている人は誰もいなかった。然し人がいようが
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