歌えば一遍に気分がなおってしまうほどだった。そのお上さんが亡くなって、丁度一周忌の時のこと、A老人と、故人の贔屓だった一人の幇間と、縁故の人二三人とが、仏壇の前に落合った。そしていろんな追憶談の後で、仏様があの世でまた癇癪でも起して頭痛がしてるといけないから、生前好きだった歌を位碑の前に供えようということになった。ところが、鹿爪らしい戒名と平仮名交りの小唄とでは、どうもつきが悪い。そこでA老人が即座に、その小唄を漢詩に訳して、あの世の仏を慰めたのだそうである。
「どうだい。」と彼は話し終ってから声に出して云った。
 然し、私の夢の話の味が恐らくA老人には分らなかったろう如く、A老人の話の味は私にはよく分らなかった。



底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
   1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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