さんが外に来ています……。村尾さん、みんなあの人だったんです。お座敷では、しっかりした冷淡なほどの素振をしながら、一人で、あたしの家の前をうろついていたんです。全く別々なその二人が、じつは一人だったんです。まだ、誰に遠慮もなく逢えるのに、どうしてそう二人になるんでしょう。嫉妬……真心……恋……ばかりでもない。あたしが何もかもうっちゃって進んでいかなかったのが悪かったのかしら。そんなわけはない。そんなら、なぜ向うからもそうして下さらなかったのかしら。あたしが芸者なんかしてるのがいけないのかしら。それでも、あたしだって……。窓からすかしてみると、表の通りは、しいんと薄暗くて、向うになんだか、村尾さんが……。やっぱりそうなんだ。あたし心の底から、びっくりしてしまって、のりだしてよく見ようとすると、とたんに、窓枠の木が外れて、身体が宙にとんでしまいました。強い声で叫んだと思います。頭がめちゃな大きなものにゆすぶられて、まっくらになりました……。

 二階から落ちて、玄関の植込の影の捨石に頭をぶっつけた千代次は、昏倒したまま病院にかつぎこまれたが、脳の内出血で、手当の仕様もなく死んでいった。
 
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