…どうも、村尾さんらしいんです。あたし、いちどに息をつめ、近眼の眼をみはり、じっと待ち受けて、側まで来ると、つかつかと出ていってやりましたが、村尾さんと眼を見合ったとたんに、気が遠くなりました。何か声がして、それからしいんとなって、どれくらい時間がたったか……やがて、がやがやした人声が耳についたので、眼をあいてみると、あたしはそこに一人しゃがみこんでいて、向うから、芸者衆が四五人、お客さんをとりまいて、だらしなく酔っぱらってやってきます。あたしはむちゅうで馳けだして、家の戸を引きあけて、とびこんでいきました。
まだ起きて待ってた松若さんが、すっとんきょうな声を立てました。あたしの様子がよっぽどへんだったにちがいありません。だけどあたしはもう、そんなことにとんちゃくなく、二階の室にかけあがって、ふとんの上にきちんと坐って、物に憑かれたような気持で、じっとしていました。お座敷着のままふとんのまんなかに坐ってるあたしが、こわかったのでしょう、松若さんがそっとのぞきに来て、またおりていったのを、ぼんやり覚えています。
それから暫くして、あたしはとびあがって、窓を引開けました。たしかに、村尾
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