くると、村尾さんはしらけた顔で、笑いながら神経質に、お座敷だろうから帰るよと、すぐに立上ろうとなさるんです。あたしはなおなさけなくなって、ほんとに涙ぐんで、さんざんだだをこねてやりました。今晩はどうしたって帰さない、ちょっとで貰えるお座敷だから、待っていて下さらなけりゃ承知しない、たって帰ると仰言るなら、断ってしまって側についてる、とそんなことを云ってるうちに、村尾さんの、ぞっとするほど冷い眼にぶっつかりました。あたしにはよく分っています。断るなら初めから断ったらいいと、そういう意味でしょうが、あたしにしてみれば、夜遅く、中貰いに一寸でもというお座敷へは、顔を出しておかないと、肩身がせまいというわけもあって……そんなことを考えていると、もう芸者も嫌だし、世の中も嫌だと、投げやりな気持になって、村尾さんをむりに引止める力もなくなりました。そして酔ったふりをして、半分はほんとに酔って、つっぷしながら、村尾さんのあぶなっかしい足音をぼんやり聞きながしました。
それでも、きっとまた戻っていらっしゃるにちがいない、と心待ちにして、立上りもしないでいると、おのぶさんがやって来て、けんかでもしたの
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