まんまの顔付で、涙がはらはらと出てくるんです。それをあたし、またかと思って、ハンカチで拭いてやりましたが、村尾さんは初めて自分の涙に気がついたように、身を引いて、袂をさぐっています。ハンカチがありません。あたしのハンカチをとって、眼をふいて、もう笑っていました。あたしは、その時はっとしました。作さんが拾ったというハンカチのことを思いだしたんです。そのつまらないきっかけから、いやにまじめなものが頭のおくに眼をさましてきて、何やかやくわしく知りたくなりました。家のこと、女中さんのこと、会社のこと、お友達のこと、そして何よりもお金のこと……。だけどもう村尾さんは、何にも興味がなさそうに、あたしの云うことなんか耳にもとめずに、小唄をくちずさんだりして、投げやりな浮いた眼付をしているんです。僕もこれで、無理なこともしてきたし、さんざん苦労もしたし、一人前の男になったものだと、ひとごとのように云うんです。あたし何だかなさけなくなって、やたらに酒をのんでやりました。
そうしたところへ、電話でした。もう十一時半頃でしたでしょうか。日頃ひいきになってるかたのお座敷だったので、何の気もなく受けて、戻って
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