を云うと、静葉さん、それが当り前じゃないのと、一言で片附けてしまいました。そんなら、静葉ねえさんと島村さんとは……と云いだすと、静葉さんは急に、とてもこわい眼付をしました。
「何を云うのさ。あんたなんかに分ってたまるもんですか。」
 ほんとに怒ってるんです。ひやかされたとでも思ったんでしょう。あたし云い訳をしようとしたけれど、とっつきがありませんでした。その何でもないこと、静葉さんから怒られたということが、どうしたわけか、ひどくあたしの気持をうち挫いてしまいました。あとであたしは一人で、涙がでてきて仕方がありませんでした。もと芳町のりっぱな芸者で、箱やさんといっしょになって、長年苦労したあげく、爺さん婆さんになって、二人で仲よく乞食をしてあるいてるのだという、その人たちに出逢って、あたし、五十銭銀貨をあげました。
 そしてるところへ、或る朝、夜廻りの作さんが、あたしをそっと呼びだしました。昨晩おそく、この辺をうろついてた男がいた。前の通りや横町を、ゆっくりと往ったり来たりしていて、それが、あたしの家の前にさしかかると、立止るともなくちょっと足をゆるめて、家のなかの様子に注意をむけてる風
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