で立て直していた。
倒れてる塀の頭を両手で持ち上げ、徐々に押し起して、用意しておいた丸太ん棒で左右二ヶ所の支えをし、なお押し起して、少し傾きかげんのところで支えをしてしまう。塀の支柱は一度修理されていてまだ丈夫なので、その根本を地面に埋めて塀を真直に直す。それからあちこちに、細長い厚板を横ざまに打ち付けて、塀を強固にするのである。初めの、塀を押し起すところが、危険でもあり力がいる。一人でそんなことをやってる市木さんを、通りがかりのお上さんが、二人も見た。どう見ても、市木さんは強力な人に違いなかった。
けれども、市木さんはいつも取り澄していて、或は無関心であって、怖い人だという印象を与えたことはなかった。強いて言えば、ただいくらか薄気味わるい人だったのである。笑うこともなければ、怒ることもなかった。
それでも、市木さんがほんとに怒ったらしいのを、私は一度見た。
市木さんと隔意なく話をし交際したのは、近所で私一人だった。そうなったのも、実は、妙な機縁からであった。
私は市木さんの裏手の家に住んでいた。市木さんの前の道が直角に折れ曲ってるその道から、狭い路地があって、路地の突き当り
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