独主義に感嘆しながら、眼の前に投げ出されてるその足先を痛ましく眺めた。繃帯ごしに見ても、だいぶ大きく脹れ上ってるのが分った、ばかりでなく、脛のあたりにもなんだか軽い浮腫があるようにも思えた。
 市木さんはウイスキーのグラスを挙げながら、私の視線に気付いたらしく、脛を叩いた。
「少し浮腫もあるでしょう。腎臓がわるいのかも知れませんな。」
「医者にお診せなすったんですか。」
「いや、医者なんか役に立ちはしませんよ。癒るものなら、しぜんに癒るし、癒らないものなら、しぜんに死ぬだけのことですからな。」
 むちゃな理窟ではあるが、然し、市木さんにとってはそれが信念にまでなってるらしかった。だから、腎臓がわるいかも知れないと思っても、ウイスキーなんか平気で飲めたのであろう。酒の相手など長くしていてはいけないと思って、私は程よく辞し去った。市木さんは引留めはしなかったが、びっこひきながら、階段を降りて下の縁側まで見送ってくれた。
 私は暗い気持ちになった。
 然し、その気持ちもやがて晴れた。一ヶ月ばかり経つと、市木さんの足の捻挫はすっかり回癒し、腎臓の故障もなかったらしく、以前の通り元気になった。

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