象を私に与えた。
私は歩み寄って、遠慮なく声をかけた。
「あなたの持ち物に、瓢箪が一つ殖えましたね。」
市木さんは私の方を仰ぎ見て、半端な笑みを浮べた。
「酒がはいってる時は可愛いが、酒がなくなるとつまらなくなりますなあ。」
私はなんとなくそこに屈みこんだ。焼跡の草原で、コンクリートや煉瓦の破片がごろごろしていた。
西空には低く、真黒な雲が重畳していて、その上縁がぎらぎら輝き、その少し上方の深い青空に、太陽がぽかりと浮き出し、銀盆となってぐるぐる回転していた。太陽の方が雲に没するか、雲の方が太陽を覆い隠すか、どちらになるとも分らない状況で、見ていると眼が昏みそうだった。
「スケッチなさらないのですか。」
「いや、とても。」
それきり言葉は途切れた。雲の方がだんだん低くなり、太陽との間が大きくなってゆくようだった。
暫くたってから、市木さんはふいに言いだした。
「へんなことを思い出しましたよ。」
川の水面の渦のことだった。幼い頃、田舎で、渦をじっと眺めていたことがあった。堰のあたりなど、下方に水の漏れる穴でもあったのか、満々と湛えた水面に、大きな渦が巻いていた。周辺はゆるや
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