てる長髪とに、なんだか威圧される気持ちだった。簡明に打ち明けるのがよさそうだった。
「実は、お宅との間にありました、あの竹垣のことですが……。」
「ははあ、あれですか、取り払ってさっぱりしましたなあ。ぼろぼろにくさっていて、眼障りでしたろう。」
「いえ、眼障りということもありませんでしたが、無くなってみると、へんなもので……もしお宜しかったら、わたくしの方で新たに作ろうかとも思っておりますが、如何でしょうかしら。」
「なあに、それには及びませんよ。わたしの方も囲いは丈夫に出来ているし、あなたの方も囲いは丈夫に出来ているから、心配はありません。」
「それはそうですけれど、わたくしの方から、あなたの方がまる見えなものですから……。」
「まる見え、それはいけませんな。」
「ですから……。」
「つまり、見るからいけないんで、見なければいいんです。」
「見なければいいと仰言っても、眼を向ければ、素通しに見えますでしょう。」
「だから、眼を向けなければいいんです。」
 なんだか私は教訓でもされてるような工合になってしまった。この調子では、先方から私の方がよけいにまる見えだとは、言い出しにくくなった。それにまた、いったい市木さんは、私の家と自分の家とを一緒くたに考えて、両方とも外の囲いが丈夫ならそれでよいと思ってるのだろうか。その点をつっ込むより外に手はなかった。
「見える見えないは、まあどうでも宜しいんですが、あなたの家とわたくしの家と、両方の間に、何の区切りもないというのは、どうもへんじゃありますまいか。」
「なるほど、あなたの家はあなたの家、わたしの家はわたしの家、それは賛成ですな。」
 そこで初めて意見が一致して、市木さんは自分から、竹垣を拵えようと言い出した。
 そうときまると、市木さんはぐずついていなかった。早速、どこからか材料を買い込んできて、自分で竹垣を作った。ところが、前の竹垣と違って、こんどは、低い四つ目垣だった。所々に木の棒を打ち込み、それに丸竹を棕櫚縄で結びつけたもので、それが実に目の荒い四つ目の、高さ二尺ばかりに過ぎなかった。両方の地所に区切りをつけただけで、どちらからも見通せることに変りはなく、私は容易にそれを跨ぎ越せるのだった。それでも、市木さんは満足そうだった。
「これで、出来上った。退屈な時は、ここから跨ぎ越して、遊びにいらっしゃい。」
 私の方
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