。それを押っ被せるように、竹田さんは余事をべらべら饒舌り立て、私の返事も待たず※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々に帰って行った。
 私は仕方なく、まあ一度は市木さんに話してみることにした。
 例の竹垣を跨ぎ越して、市木さんのところに行き、声をかけてみると、二階から返事があった。これはいけない、今は誰にも逢いたくないと言われるのかな、と思っていると、市木さんは二階から顔を出して、構わないから上りなさいとの言葉だった。
 弘子さんの葬式の前後、私は二階へ通ったこともあるし、勝手は知っていた。
 縁側から上ってゆき、ちらと眼をやると、座敷には布団が敷いてあった。少しく軋る階段を上ってゆくと、二階の室にも布団が敷いてあった。市木さんはそこの縁側に足を投げ出して足首を揉んでいた。傍には繃帯が散らかっていた。
「どうかなすったんですか。」
「なあに、足首をちょっと捻挫しましてね。」
 市木さんは足首を丹念に揉み、それからイヒチオールを塗り、油紙をあてて繃帯をした。
 その間、私は煙草をふかしながら、室内をぼんやり眺めた。葬式の時と少しも変っていなかった。壁には木炭や鉛筆の風景スケッチが幾枚か鋲でとめられていた。中型の書棚には書物が並んでいて、物理や幾何や天文などに関する本と、哲学の本や童話の本が、妙な取り合せで並んでいた。大きな机には、大判の罫紙や白紙が積み重っていて、さまざまな線が縦横に引かれており、たぶん市木さんの特殊な研究用のものだろうが、何の研究だかは私には分らなかった。市木さんの不干渉主義とでも言えるものに、私はいくらか感染していたわけではないが、少くとも市木さんに向っては、何の研究ですかなどとは尋ね難く、市木さんの方でも黙っているのだった。
 市木さんは足首の手当をすますと、そこらを丁寧に片付けて、私にウイスキーを勧め、自分でも飲んだ。
「足が不自由なものですから、肴は何もありませんよ。」
「いえ、結構です。でも、御不自由でしょう。」
「なあに大したことはありません。寝たり起きたり、ぶらぶらしておりますよ。面白いことには、昼間は二階に寝てる方が気持がいいし、夜分は下に寝てる方が気持ちがいいし、へんなものですなあ。」
 そんな話をしながら、私はまた、先般の竹垣の件と同様、水洗便所の件も早く片付けたくなった。どうも、何か用件を持っていると、それを片付けないうち
前へ 次へ
全20ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング