かれ、同時にまたそれから嘲笑される。――こういう時には、一人静かに酒を飲むがよい。安物だけれどウイスキーならいささか蓄えがある。
 婆やは、いつでも、どんなことでも、私の言う通りにしてくれる。用をすますと三畳の室にひっこんで、何かこそこそ仕事をしている。
 然し久子はそうはいかない。訪れてくると、無断で私のところへ飛びこんで来る。何か気に入らぬことがあれば「先生、また……、」と言う。――学校の教師でも豪い著述家でもない私は、その先生という言葉に擽られたものだが、いつしか馴れてしまった。
「先生、また、飲んでいらっしゃるのね。お身体にいけないわ。」
 さすがに、瓶とグラスを取りあげようとはしないが、黒い瞳に刺を[#「刺を」は底本では「剌を」]含んで、眉根に皺を寄せるのだ。それから、その刺と[#「刺と」は底本では「剌と」]皺とが消えると、近眼鏡だけが目立つ顔付になって、早口で言う。
「婆やさんに聞いたんだけれど、卵と海苔と御飯一膳、それきりしか召し上らなかったんでしょう。もっと、いろいろなもの、沢山あがらなければいけませんわ。」
 私の健康のことを心配してるのである。ほんとに病気だと思って
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