ったいお値段はいかほどでしたの、と聞くから、正直に、百匁七十円だったと答えた。すると、奥さんは眉をしかめて、それじゃあ、犬の肉だったに違いないと言う。ごまかしなすったのねという。尾形は少し酔っていたものだから、ばかなことを言うなと怒鳴った。肉屋はごまかしたかも知れないが、俺はごまかしなどはしない。いいえ、ごまかしなすったのよ。そんなことから喧嘩になって、尾形は食卓を拳固で殴りつけ、長火鉢にかかってた鉄瓶を引っくり返して、灰かぐらを立ててしまった。そして奥さんとは翌朝まで口を利かず、ぷりぷり怒って研究所に出て来たが、とても不機嫌だった。
「先生は女なんかばかにしていらっしゃるから、決してお怒りにならないのよ。」
そうなると、私の微笑は苦笑に変るのだが、それも中途で凍りついてしまう。――私は妙な印象を受けたのだ。そこに坐ってる久子の体が、千鈞の重みに見える。夫婦喧嘩などに成算は持てない。彼女はその時和服を着ていたが、臀部は臼を据えたように小揺ぎもなく、帯や細紐でしめあげた腰の下に、腹部がまるみをもって盛り上っている。その肉体に、私は妥協し譲歩したではないか。
打明けて言えば、初めのうち
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