、閨の中で、私と彼女とは気が合わなかった。私はともすると、うふふと笑った。彼女はしばしば焦れた。焦れては、私の胸を叩き腕をつねった。それが、後には、しっくり気が合うようになった。私の方から、それをつとめて、妥協したのだ。いや、女の肉体が私の肉体を征服したのだ。――男女の関係とは、そのようなものだと私は思う。殊に夫婦の関係ではそうであろう。男の方から調子を合せてゆくのだ。そして自主性を失うのだ。
 ――清子だったら、そんなばかなことはないだろう。いや、このようなことを言うのさえ、彼女を汚すことになる。そのような彼女なのだ。
 私が打ち拉がれた気持ちに沈んでいると、久子は突然立ち上った。そして縁側へ、つかつかと出て行き、柱に片手をかけて、庭の方を見やった。――キキキというような甲高い笑い声がして、少年が彼方へ立ち去ってゆく。西岡とは別な家庭の保倉の息子だ。
 保倉の息子も、私の孤独圏を乱すものの一つだ。罹災して危く死にかかるところを、ふしぎに助かったのだとか。片方の頬から肩へかけて火傷の痕がある。――彼が狂人だかどうだか私は知らない。十五六歳の普通の体格だが、へんに首が短く猫背で、頭は後頭
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