ように言う。
「これもいけませんか。そうですかねえ。」
そしてまた暫くすると別な写真だ。――世の中には、結婚可能な男もずいぶんいるが、結婚可能な女は更に多いらしい。然し西岡夫人はそんなことは言わない。脂肪の多い頬に窮屈そうな笑みを浮べて、眼だけが真面目に私を直視する。
「あなたも早く結婚なさらないと、しまいにはしそこなってしまいますよ。わたしの知ってるかたで、あれこれと選り好みばかりなさった揚句、とうとう、女中さんと結婚なさったのがありますよ。」
「ところが、私のところには、婆やきりいませんよ。」
「まったく、あの婆やさんは感心ですね。無口で、忠実で、よく働いて……。」
そんな調子だから、私は西岡夫人と話すのは嫌ではない。結婚の話も、さらりとしてるから苦にはならない。
然し、結婚という言葉は、抽象的なものではない。私の脳裡には、長火鉢の前に妻たるものが大きな臀を据えてる情景が、はっきり映ってくる。それが私の孤独圏を圧迫し縮小させるのだ。
久子は私のところに来ると、長火鉢の前にも平気で坐る。そして何故か、眉根に深い縦皺を寄せて、一度は必ず火鉢の中を覗き込む。それだけで、火箸とか灰
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