大きさを変えながら、音を立てて、無限の底へと巻きこんでいる。ただそれだけだ。
 それが、眼を開いても、眼底に残っている。見ようと思えば、すぐに現前してくる。
 その渦は、私の孤独の寂寥さだ。絶え難い寂寥だが、何物にも代え難く貴い。それを乱す一切のものを、私は憎悪し忌避する。――久子ともし結婚すれば、久子はそれを乱すだろう。久子ばかりでない……。
 私は今、空襲のために罹災して、大きな家屋の一翼に住んでいる。母屋の方には二家族がいる。その一つの西岡が、家の所有者の親戚で、全体を監理している。この西岡の夫人が、私にしばしば結婚をすすめて、候補者という令嬢の写真を幾枚も見せた。私が笑って取り合わなくても、彼女は写真を置いてゆく。私はそれを一日だけ預って、翌日には返すことにしている。写真など、どうせ実物より良いか悪いかどちらかだ。私はろくに見もしない。
 ――もしも、清子の写真があったら、朝となく夜となく、私は眺め暮すだろう。机上に飾っておくだろう。彼女の写真は実物そっくりに違いない。つまり、実物とは違った写真が出来ないような、そういう彼女なのだ。
 一日おいて写真を返すと、西岡夫人は感心した
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