思うけれど……と彼女は言う。
「それもいいでしょう。」と私は何気ない風で答える。
さすがに彼女は、先生と結婚したいとは言わない。私の方でも、僕と結婚しましょうかとは、冗談にも断じて言わない。――親戚やアパートについての彼女の話の、真偽のほどが問題ではないのだ。また、彼女は既に処女ではなかったが、その彼女の過去の情事が問題ではないのだ。そのようなことは私にとって、穿鑿するほどの価値を持たない。ただ、結婚というものは女にとって、生涯に一度は必要な生活形式であるかも知れないが、男にとっては必ずしもそうでない。現在の如き社会では、結婚によって女は一種の自立性を獲得するが、男は、少くとも私は、自立性を乱されそうだ。
――清子とならば、私は進んで結婚するだろう。清子は私の自立性を乱さないばかりか、却ってそれを助長してくれるだろう。つまり、彼女はそういう性格の女なのだ。否、このようなことを言うのでさえ、彼女にはふさわしくない。私は彼女と逢うことを恐れる。一度遇えば、もう瞬時も離れ難くなるだろうから。何物も要求せず、ただにこやかに微笑んでるだけの彼女は、私の孤独圏を甘美なものにしてくれるだろう。
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