には、大学の研究所へ通っていて日曜毎に出て来られるTという小児科出の医学士の人が居た。病院から大学へ電話をかけてくれた。すぐに行くというT氏の答えだった。
私達はT氏を待った。
二時すぎには、堯はもう殆んど意識を失ったように見えた。何を云っても、何を見せても、ぼんやりしていた。軽微な痙攣がやはり時々襲った。
何時の間にそんな急な変化が起ったのか。ただじっと静かに苦しみもしないで寝ているうちに、堯の体内ではどんな戦が戦われたか。「坊や、坊や、どうしたの。」そう芳子は顔を寄せて云った。
T氏の来るのが待ち遠しかった。S子さんは自分の俥を病院に残して来たというから間違いはなかろうけれど、それでも苛ら苛らしてきた。念のため病院に自働電話をかけさしに常をやった。
常と入れ違いにT氏が来られた。すぐに一通り病状を聞いてから、T氏は診察をした。「ひどく急激に来ましたな。兎に角[#「兎に角」は底本では「免に角」]至急病院で手当をなすったが宜しいでしょう。」と云われた。
「脳は大丈夫でございましょうか。馬鹿になるようなことは……。」と芳子は云った。
「ええ脳の方は御心配はいりません。」とT氏は
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