少し寄っていた。――芳子はそういう病人の眼を見たことがあったんだそうである。昨年の夏私が国へ帰って後、妹の病気がひどくなった時、芳子は彼女の眼が寄っているのを見た。「Yちゃんあなたの眼は変ね、大変寄っているわよ。」と云うと、妹は答えた。「そうお、何だかあたし、物が二つに見えて煩くて仕様がないのよ。」その後間もなく妹は死んだ。そう芳子は私に後で話した。
一時すぎであった。堯は両手を少し震わした、と同時に、両眼が少しぐるりと廻転した。そしてまた後は静かになった。十分ばかりすると、また同じような事が起った。「痙攣だ!」そういう考えが私の頭に電光のように閃いた。もうどうにも出来なかった。その軽微な痙攣は頻繁に襲って来た。私達はじっと堯の小さな手を握ってやっていた。顔を近寄せたり遠ざけたりしたが、もう視力も非常に衰えているらしかった。が時々微笑んだ。
S子さんが帰って来た。私達はほっとした。――先ずU病院へ行った。氏は往診中で七時頃でなければ帰られないそうだった。ですぐに大学の研究所のS氏の所へ行った。丁度横浜へ行かれて不在中だった。それでまたU病院へ帰って来て、副院長をと頼んだ。丁度同病院
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