ょうか。」
「ええ大丈夫です。脳膜炎を起したのではありませんから。」
 私は、U氏からじっと見つめられて恥しくなった。もうそんなことを云ってる場合ではなかったのだ。然し……。
 初めて入院前にT氏が見舞われた時、芳子が第一に聞いたのもそれだった。どうせ頭が馬鹿になるなら、苦痛なく死なしてやりたいと私達は思っていた。然し今ではその思いも何処へ行ったのか?
「ただ生命が助かれば!」と私は思った。
 私と芳子とは、じっと眼を見合った。何とも云わないでじっと互の眼の中を見合った。
 けれども、食堂で夕食を食べている時、私達はこんなことを囁いた。
「まずいね。」
「ほんとにどうしてこうまずいんでしょう。ちっとも食べられはしませんわ。」
「勿論安いんだからね。」
「なんにも無くても家でたべた方がよござんすわね。」
「家」という一語が私達をすぐに黙らしてしまった。
 夜になって芳子は腹の工合が少し変だと云い出した。すぐ帰るように私は云った。
「まだはっきり分らないから、も少し様子を見てみますわ。」と芳子は云った。
 雨が降り出した。雨の音が病院の中を一層しいんとさした。
 堯は、嚥下作用も次第に衰え
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