に私達はその家に引越して来たのであった。それまでのH町の家は日当りの悪い陰気な家だったが、此度のS町の家は、日当りのいいぱっと明るい二階家だった。殆んど全快した堯は、次第に丈夫になっていったのである。「此度の家は子供にいい家だ。」と私達は云った。然し、方向が悪かないかと後から親戚の人々が云い出した。第一に引越した方向が鬼門に当りはしないか。第二に、上《かみ》の便所はいいが、下《しも》の便所が家の鬼門に当りはしないか。A氏は昔の大きい円い磁石を持って来られた。よく調べてみると、第一第二とも、鬼門より大分北に外れていた。それでもというので、R叔父は、鎮宅霊符という禁厭の札を作って持って来て下すった。それを私は座敷の柱に貼りつけた。
私は九星とか易占とかを信じなかった。凡ては自分の意志であると信じていた。もし本当に超自然の理法があるならば、それに自分の意志を以てうち勝ってみせる、と私は云っていた。
「それであなたはいいでしょうけれど、他《ほか》の者にはそれだけの強い力が無くて倒れることがあるかも知れませんもの。」そう芳子は云った。長い間種々な不幸のために、勝気な彼女も大分弱々しくなっていた
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