給え。」
「もう帰るのか。」
「ああ一寸用があるから。ただ心配してるといけないと思って寄ってみたんだから。」
「それでは、どうか宜しく頼む。君のために助かったんだ。……そして一年ばかりのうちにはどうにかなるだろうから。」
「いやそんなことは気にかけないがいい。……然し、もし出来たら返してくれ、実は書物が出来る時一緒に国の母に送ろうと思っていた金なんだから。」
川部は妙に悲しそうに眼を伏せた。
「済まないね。」
「なに、いいんだ。お互のことだから。」
一人《ひとり》になると壮助はじっと机にもたれたまま涙ぐんだ。ほっと自分の前に途が開けたような気がすると共に、それが、凡ての、運命の動きが、何か大変なことになったような気がした。そしてその重い責の下から、溺れる者が水面に浮び出そうとするようにして、光子のことを思った時、彼の眼からは涙がこぼれた。
「光子、光子、ただお前に生があらば、そして自分に、我等に生があらば、凡てはよくなるであろう!」
眼を挙げると、障子には淡い日がさしていた。その日影を見守っていると、遠い野が心に見えて来た。……郊外に家《うち》を持とう、光子の病気のために、生命の
前へ
次へ
全50ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング