を眺めたが、すぐに視線を外《そ》らしてしまった。そしてそのままの無関心な状態が、彼女をうとうととした眠りに導いた。
 壮助は腕を組んで光子の横顔を眺めていたが、一人取り残されたような自分の心を見出した。じっとして居れないような気持ちが胸先にこみ上げて来た。
 辞し去る時彼は、自分の前に視線を落して羽島さんの顔を見なかった。彼を見る自分の眼附を恐れたのである。
 外に出ると輝いた星としっとりとした空気との春の夜であった。何処かに温気《うんき》を含んだ静かな大気と軒燈の光りとが、遠くへ人の心を誘った。壮助は誘わるるままに明るい通りを人込みに交って流れていった。そして何等のはっきりした意志もなくとある活動館に入った。
 新派悲劇、泰西活劇、旧劇、そういう写真が彼の前に展開された。そして俗悪なる弁士の声が彼の耳に響いた。群集の頭顱が重り合って並んでいて、温気が館内に立ち罩めていた。凡て卑俗なもの、激情的なもの、混濁のうちに醸される好奇なもの、そんなものが彼の頭をぼんやりさし、彼の頭の中にもやもやとして熱《ほて》りを立ち罩めさした。写真の合間にぱっと明るく電気がついて、自分の側に眉の濃い鳥打帽の
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