、三在った。然し結果は凡そ予想し得られた。そして始めから、また終りに、彼の考えが向けられたのは下宿の老婆であった。
彼女がいくらか小金を持っていることは下宿してすぐに壮助にも分った。それから彼女自身の口からも、折にふれて洩らされた。やはり家に下宿していたさる大学生に二百円ばかり貸しがあるが、中々返さないので弁護士に頼んである、と彼女は云ったことがあった。「紙幣《おさつ》の十枚位は枕の下にしていないと眠れませんよ。年をとるとただもうお金ですよ。」そして彼女はひひひと笑った……。
その気味悪い笑い声が聞えるような気がして、壮助はぼんやりした考えからふと醒めて、強く頭を振った。そして我に返ると、病壮に窶《やつ》れた光子の顔が見えて来た。その顔が淋しく彼に微笑んだ。
愛の名に於いて為さるることは、如何なる卑下《ひげ》も惨《みじ》めではない!
壮助はきっと唇をかみしめた。そしてお婆さんの所に下りて行った。
「お婆さん、少しお願いがあるんですが。」
老婆は縁側の障子の許で針を持っていた。そして壮助を見ると、大きい眼鏡を外して、眼を瞬いた。
「何か御用ですか。まあ慌《あわ》てて……。」
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