怒りの対象となるべきものは何にもなかった。そして大きい不安が彼の全身を包んだ。凶なる予感が彼の心を苛々さした。その中で彼は物に縛られたようにぼんやり首を垂れて腕を組んだ。
四
そのままの気持ちが彼の夢の中に続いた。それから翌日眼が覚めてからも続いた。
不安な予感で学校に出で、不安な予感で再び学校から帰って来ると、彼の机上には、わざわざ書留にした一通の封書がのっていた。古谷の名前を裏に見た時、壮助は却って或る安堵を覚えた。
手紙には殆んど脅迫に近い文句が並べてあった。それから八日の晩に来ることが知らしてあった。その時までに一方の方だけ是非都合するように、もし出来なければ、元金だけ、もしくはその半金でもいいとしてあった。然しその時何等の返答なきに於ては、俸給及び家宅の差押をなす旨が言明してあった。五日から更に八日まで三日の猶予を与うるは異常なる親切だそうであった。
そしてそれは実際壮助にとっては異常なる幸運だと感じられた。彼は古谷が既に差押の手続に及んだもの、もしくはそれを決心したものと信じていた。
「兎に角至急いくらか金を拵えなければならない。」壮助の心は其処に落ち
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