は床の間から※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]のソップのはいってる瓶を取った。
「少し飲んでみない?」
 軽く首肯《うなず》いた光子の唇に、壮助は瓶の吸口を当ててやった。光子は二口ぐっと飲み込んだが、それきり首を振った。
 壮助は枕頭の布を取って、汁の少したれている光子の口のまわりを拭《ふ》いてやった。妙に子供らしい筋肉の足りないように思わるるその口元にも、肉が落ちて皮膚がたるんでいた。
「私よくなったらお願いがあるのよ。」
「ええ云ってごらん。」
「きいて下すって?」
「何でもきいてあげるよ。」
「あのね、人に云ってはいやよ。……よくなったら玉川の鮎が食べたいの。」
 壮助は淋しく微笑《ほほえ》んだ。何時だったか小母さんと三人で玉川に遊んで、鮎の料理を食べたことがあった。光子は少しきり箸をつけなかった。尋ねてみると、「おいしいけれど……。」と云って笑った。
「ええよくなったらまた連れていってあげようね。だからなるたけ元気をつけなければいけないよ。」
 光子はほっと安心したように微笑んだ。
「今に暖くなると、すぐに起きられるようになるんだからね。」
 そして壮助は心のうちで、「
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