ずき》を前に置いて、表の方をふり返りながらたずねました。
「誰だい?」
何の返事もありませんでした。耳をすますと、風と雨との音に交《ま》じって、やはりことりことりと戸を叩いています。
「何か用事かね」と平助はまたたずねました。
それでも返事がありませんでした。しまいに平助は、仕方《しかた》なしに立ち上がって、表の戸を開いてみました。さっと風と雨とが吹き込んで来たかと思うまに、闇の中から、まっ黒な大きなものが、のそりのそりとはい込んできました。平助は腰《こし》をぬかさんばかりに驚きました。よく見ると、それは畳《たたみ》半分ほどもある大きな正覚坊でした。
正覚坊だとわかると、平助は初めてあんどしました。いきなり表の戸をしめて、正覚坊を部屋の中に連れて来ました。正覚坊はそこにぐったりとなって、喉元《のどもと》をふくらましながら、はあはあと息をきらしてるらしいのです。
「おい、どうしたんだい」と平助はたずねました。
正覚坊《しょうかくぼう》はじっとしています。いくらたずねても黙っています。それもそのはずです、亀《かめ》に口がきけるわけはありません。平助はそれに気付いて、ひとりで声高く笑
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