しろい話があります。
 ある海岸の漁夫村に、平助《へいすけ》という一人者の漁夫がありました。昔は沖遠くまで漁に出たりなんかして、強いたくましい若者でしたが、家族の者はみんな死んでしまい、ひとりっきりで年は取りますし、後には、岸辺《きしべ》の小魚や川の魚などを取って、その日その日を送っていました。そしてこの平助は、酒が大変好きでした。いくら飲んでも酔ったことがありませんでした。あまり飲むと身体《からだ》にさわるよと人に言われても、彼は平気でした。酔うから身体にさわるので、俺《おれ》のように酔ったためしのない者はいくら飲んでも大丈夫《だいじょうぶ》だ、と彼はいつも言っていました。始終《しじゅう》貧乏をしながら、少しお金があると酒ばかり飲んでいました。村の人達は彼のことを、正覚坊《しょうかくぼう》だとあだなしていました。
 ひどい暴風雨《あらし》の晩でした。平助はいつものように徳利《とくり》を前にすえて、ひとりつまらなそうに酒を飲んでいました。すると、表の戸をことりことり叩くものがあります。初めは風の音かと思っていましたが、それが何度も続くものですから、平助も少し気になりました。彼は杯《さか
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