てくるだろうと言っていました。だが富子の方は、クマの行方を気にして、町内の知人に逢えば聞きただし、用達しの往来にはあちこちに眼を配りました。
ただ一度、十日ばかりたった午後、クマはのっそり帰ってきました。頭や首筋に傷や皮膚病をこさえ、後半身は泥に汚れていました。それを富子は抱きかかえ、魚の骨をしゃぶらせ、バタをなめさせ、乏しい米飯をたべさせ、刷子で全身をこすってやりました。クマはまん丸な眼を空想的に見開いてるだけで、なされるままに任せ、やがて縁側に寝そべりました。ところが、富子がちょっと席を立ったすきに、またどこかへ行ってしまいました。
そのことを聞いて、仁木は富子に一種の憤懣を感じました。彼女の大柄な体格、なんだか幅の広い顔、細い眼付などが、善良を通りこした愚昧さに見えました。
俺なら、せめて一日か二日、クマを監禁しておくんだったと、彼は胸の中で言いました。
そして実際、彼はクマに対して、奇怪な監禁の方法を考えました。
クマが再度失踪してから、また十日ばかりたった頃でした。もう朝夕は仄かに秋の気が感ぜられるような季節で、東京ではあちこちに、復興祭と神社の祭礼とを兼ねた祝いご
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