るさくなり、少し待てよと言っても、彼女はまるで機械のように、杯があけばすぐにつぎました。それを江川がまたけしかけました。
「仁木君の酒は会社でも有名だ。おい、しっかりお酌をしろよ。」
「大丈夫よ。こちらのお杯、からになったら、あたし、罰金だすわ。」
 言葉通り、彼女は決して仁木の杯をからのままにはしておきませんでした。
 仁木はぼんやり彼女を眺めました。お酌するより外に能がなさそうな、そしてお酌するためにだけそこにいるような、その女から、彼は一種の圧迫を感じはじめました。しかも彼女自身は、ただの平凡な若い芸者にすぎませんでした。二重瞼の、殆んど近くを見ずただ遠くだけを見るような、その眼差しが凉しいきりで、他に取りえもなく、笑う時には、大きな口のまわりに、年増めいた二筋の皺がより、坐っておれば普通の体躯に見えますが、立ち上ると、ひどく背の低いのが目立ちました。こんな者、気にすることはないと、仁木は思って、床の間の花などを眺めました。青磁の花瓶に、梅もどきへ菊をそえて活けてありました。梅もどきの実はまだ青く、白と黄との小輪の菊の花は、花弁が堅そうに縮んでいました。それを見ながら、うっかり飲
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