その間、仁木はいつも素朴に、問題は従業員の総意に問うべきだと言いました。主張はせず、問わるれば言うだけでした。最後までそう言いますので、江川がよく相談しようということになったのです。
 然し、もう相談することなどはありませんでした。
「あの問題は……、」とそういう言い方を江川はしました。「実はつまらんことだね。第一、試作品だからね。」
「ええ、試作品です。」と仁木は気の無さそうに答えました。
「よく考えてみれば、大して問題にはならんようだ。」
 そこへ、中本が横から口を出しました。
「試作品をべらぼうな値で押しつけられちゃあ、こっちがたまりませんね。会社の信用にも関わりますぜ。」
「いや、試作品はいつも最優秀品ときまっていますよ。ただ箇数が少いのが難点でしてね……。あの材料を多量に、あなたの方でなんとかなりませんかね。」
「さあね、私もそれを考えてるんだが……。」
 そんな風に、話はもう問題を通りこして、一般の経済情勢や政府の施策に及んでゆき、間々に巷説や逸話を織りこみました。
 仁木は黙って酒を飲みました。彼のそばについてる芸者が、杯があけばすぐに酒をつぎました。それが後ではう
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