のことぐらいは、仁木が記憶してる限りのことぐらいは、何でもないことだったかも知れません。仁木にとっても、所謂接待婦の肉体なども識っており、それは何でもないことでした。けれども、それ自体は、何でもないことでも、そういうことが起ったのが、そしてつまりは、そういうことを彼自身がなしたのが、異様に感ぜられました。屋台店でのあの眩暈に似た魅惑も、異様でした。彼は自分の前後左右に、一種の空間、自由自在な空虚を、見出したような気がして、その中にしっくり落着けませんでした。
 そのままの気持ちで、彼は会社に行き、事務を執りました。退出まぎわになって、江川から、あのことをゆっくり相談したいから附き合ってくれと言われました時、彼はただ無造作に承諾しました。在庫製品についての話だとは分りましたが、もうそれには大して関心が持てませんでした。
 江川に連れられて行った先は、焼け残りのくすんだ花柳界で、そこに仁木は、会社関係の宴会で前にも来たことがありました。こんどのは、ちょっとこじんまりした待合で、中はへんに静かでした。ところで、そこには既に中本が来ていて、二人がはいってゆくと、間もなく芸者たちも立ち現われ、酒
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