がはじまりました。仁木は会社で中本を何度か見かけたことがあり、中本の方でも仁木を知ってる筈でした。それにも拘らず、中本は仁木を鄭重に扱って、改めて名刺[#「名刺」は底本では「名剌」]まで差出しました。名前の肩に、金谷組総長とあるところからみると、相当な顔役らしく思えました。応対万事、折目折目は礼儀正しく、あとはぞんざいに流して、目玉をぎょろりとさしてるところなど、それと頷かれました。五十年配で、洋服の膝を折っているのが窮屈そうでした。
 その中本が、既にそこに待ち受けていたということによって、江川の相談なるものも、もう相談などを通りこしているのだと、仁木は悟りました。
 事柄は甚だ簡単なものでした。――会社の工場で、製品の一つとして電熱器を試作していました。当時新たに世に出てる電熱器は、ニクロム線が露出していて切れ易く、而も熱量の調節の出来ないものばかりでした。それを少しく改良して、二つの線に切り変えて二様の熱量に調節出来るようにし、取り外しの出来る薄い鋼板を上に被せてみたのです。つまり、昔は普通にあった電熱器の、も少し粗末なものを拵えてみたに過ぎません。主な材料は手持品のなかにありま
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