着姿の富子が、電灯の明りの中につっ立っていました。彼自身で電灯をつけたのか、或は富子がつけたのか、それは分りませんでしたが、とにかく電灯の明りの中に、裾を引きずった寝間着姿の富子が、幻影のように白痴のように立っていました。
彼女は何か言ったようでしたし、彼も何か言ったようでしたが、その声は彼の耳に達しませんでした。彼女は彼を援け起しました。すると彼は彼女を抱きしめてその唇を吸っていました。へんに冷たい濡れた唇でした。その感触に彼がすがりついていますと、突然、彼女の肉体はくりくり盛りあがってき、半球形を無数につみ重ねたような工合になり、彼はその重みに抵抗しきれずに倒れました。そして倒れながら彼女にしがみつき、また彼女に援け起され、彼女の重みを抱きしめました。
彼はもう力失せ、彼女が巨大な力になりました。彼女は彼をその居室に連れこみ、そしてどこかへ行ってしまいました。
宿酔気味の頭をかかえて仁木三十郎は起き上りました。富子の顔付や態度は、いつもと少しの変りもありませんでした。それが却って意外に思えたほど、仁木自身はなんだか落着きを失っていました。出戻りの大柄な中年女にとっては、前夜
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