寄ってゆきました。
それらの牡猫のなかに、クマの姿は見えないようでした。それでも仁木は諦めず、四つ目垣を乗り越してゆきました。すると、庭の隅の大きな水甕が眼につきました。全く誂え向きに水甕はそこにありました。仁木は手頃な石を拾ってきて、伏さってる水甕を少しく傾け、石を下にあてがって、猫を入れられるほどの口をあけておきました。
猫の群れはまだ庭のあちらで騒いでいました。仁木はそちらへ行き、こんどは四つ匐いになって近づきました。だが、いくら探してもクマはいませんでした。仁木は怒って、牝猫を捕えようとしました。そしても少しのところで、牝猫はするりと逃げのび、それから遠くへ行ってしまいました。その間中一度もクマの名を呼ばなかったことを、彼は思い出し、なぜか後悔しました。
彼は裏から家の中にはいりました。湯殿の戸は締りがしてなくて開きました。燃料不足のために風呂はもう長く沸かされず、ただ洗面所としてだけ使われていました。
彼はそこに服をぬぎすて、手を洗い、顔を洗い、足を洗い、そして水をやたらに飲みました。水を飲んで却って更に酔いが出てきました。
彼がそこに屈んで息をついていますと、寝間
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