つ視野のうちに見据えながら突っ立っていました。
なにかただならぬ気配に圧せられて、屋内はしいんと静まりました。二人の男も主人も他の二三の客も、無言で仁木を見守りました。その中で仁木は嘯くように葦簀張の天井を仰ぎ、勘定を聞いてそれを払い、のっそりと出て行きました。
それから先のことを、彼は断片的にしか覚えていません。ほかの所でも一度焼酎を飲んだようでもあり、飲まなかったようでもありますが、それはどちらでも同じことでした。つまり、彼はすっかり酔っ払っていました。そしてだいぶ長く歩いて、家に帰りました。
ぼーっと明るい月夜でした。
家の庭で、猫が数匹、ぎゃあぎゃあ騒いでいました。彼は四つ目垣の外の方へ廻って、そっと窺いました。
一匹の牝猫を中心にして、数匹の牡猫が蹲まっていました。もう牡同志の喧嘩はやめて、牝の隙だけを狙っていました。隙が見えると、二三匹が同時に忍び寄ってゆき、中の一匹がぱっと牝に飛びかかりました。そして暫くもみ合ってるうち、牝は急に怒って牡に噛みつきました。牡は少しく退去しました。すると牝は、また尾を振り頭をさげて、媚態の声を立てました。牡は三方からじりじりと忍び
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