一度にじっと見据えました。――先刻から主人はあちらに背を向けて、こちらの男に、もう相手になるなと、目配せをしたり合図したりしていました。それに明らかに気付きながら、こちらの男はやはり、卑屈な応対を続けていました。しかも彼は、相手より体力もありそうだし、一段上の太々しいところを具えていました。あちらの男ばかりでなく、こちらの男に於ても、なにか下心あっての道化た応対のようでした。それを仁木は見て取りました。そしてそれらの狡猾なからくりに、仁木は突然嘔き気に似た憤りを覚えました。その時にもう、仁木は我知らず突っ立っていました。
 彼はちょっと、ふらふらと眩暈に似た気持ちがしました。それから、葦簀囲いのその狭い屋内に、自分自身を巨人のように感じました。油の煮立ってる黒い揚げ鍋、小皿物をこさえる俎板や庖丁、酒瓶やコップなど、器具類が玩具のように見えました。腕を一振りすれば、その屋台店全体をぶっ飛ばせそうでした。それは快楽的な魅惑でした。そして彼は、両手を腰の後ろでしっかと握り合せていました。うっかり弾みをつければ人間ぐらいわけなく殺せる自分の拳法を、習慣的に警戒したのです。そして彼は二人の男を一
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