ったでしょう。敗戦に打ち拉がれて地面を匐ってるようなそれら群衆の中で、仁木はもう少しく酔いながら、孤独な憂欝に沈みこんでゆきました。
 復興祭だ、公然も内緒もあるものか、景気よくやっつけましょうや……などと屋台の飲屋の主人は言いながら、額には狡猾な笑みを浮べていました。種々の男が入れ代って、アルコールで調合した焼酎を飲んでゆきました。
 その奥の腰掛に仁木は腰をおろし、飲台に肱をつき、焼酎のコップと煙草とを交る代る口へやりながら、孤独な憂欝にますます沈んでゆきました。その憂欝はあらゆることを忘れさせる魅力を持っていて、異邦人めいた感懐を彼に起させました。
 彼がふと気がついてみると、あちらの端に坐ってる男が、鈎の手に曲ってるこちら側に坐ってる男へ、高飛車に突っかかり、こちらは卑屈に頷いたり弁解したりしていました。どちらも中年の男で、あちらは開襟シャツにズボン、恐らくは下駄でもはいていそうで、近辺の地廻りの者らしく、こちらは、着くずれた国民服で、恐らく地下足袋でもはいていそうで、けちな闇ブローカーらしく見えました。
「しみったれたことを言うもんじゃねえよ。酒飲みにはしみったれが禁物だ。」
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