ついて、彼はしきりに自賛していた。
「こういう食物は、寄生虫の伝説さえなければ、日本の文学者にも好かれそうだ。」と彼は言った。
 その文学者のことから、私は、星野武夫に逢ったらどうかと言いだした。
「そうだね、礼を欠いてはいけまい。」と彼ははっきり言ったのである。
 然し、彼の顔はなんだか曇っていた。それから、眉根に皺を寄せて暫く考えた。
「今からすぐに逢おう。」
 そう言ってしまうと、彼はまた晴れやかな顔付きになった。
 彼は名刺を取り出して、鉛筆で二三行走り書きした。それから、いつも彼が引き連れている張浩を、星野武夫のホテルへ遣した。
「電話でもかけてみなくてよいのか。」と私は注意した。
「いや、たいていホテルにいる筈だ。」
 その答は意外だった。彼は星野の動静を探り知っていたのかも知れない。私は彼の顔を眺めた。彼は眼を挙げた。
「君も、今夜つきあってくれるだろうね。」
 私は微笑して答えた。
「いや、外に用事があるし、まあ、君達だけの方がいいだろう。」
 彼は私を見て、かすかに微笑した。
 これは私と彼との間の暗黙の了解事項だが、私達が非常に親しくなったことについては、当分のうち
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