は洋酒の方でしたね。然し、老酒も少しいかがですか。」
「いや、大好きですよ。」
 当りさわりのない挨拶だけが長引いた。久しぶりに逢ったせいばかりでなく、また、張が側に控えてるからばかりでなく、つき込んだ話に持ってゆきにくい気味合いがあった。
 星野は室の中を見廻した。あちこちの卓に倚ってる客たちは、たいてい支那服の商人風な年輩者が多かったが、それがいずれも静粛で、おっとりした温顔だった。星野は妙な気がした。これまで接した中国人はたいてい、饒舌で騒々しく、表情が険しかったのだ。
「ここは、いいですね。なんだかなごやかで……。」
 秦は笑顔をした。
「ほかと違っているというのですか。」
「ええ、雰囲気が……。」
「これが本当の中国……本当の支那ですよ。あなたは諸方を見て廻られたでしょうが、上海の雑踏の中心地にこんな姿があろうとは、思われなかったでしょう。」
「然し、これが本当の中国の姿とは、どういうことでしょう。騒々しい険しい表情の中国は、それでは本物でないというのですか。現実は常に本物でしょう。」
「いえ、それは別な問題ですよ。私はあなた方の実感のことを言っているのです。中国というものは
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